東京の医学部受験予備校での生活と学費体験談

経済学部で学んでいました

経済学部で学んでいました医学部再受験に向けて予備校探し今は医師として働いてます

少し前になりますが、東京で普通の大学生として生活していました。
学部は経済学部で特別やりたいことがあったわけでもないので、普通に就職活動して、適当な会社に内定もらって、普通にサラリーマンとして一生終わっていくのかなあと思いながら学生生活を送りつつも、漠然とそれでいいのかとも考えていました。
大学生活も後半に入り、3年が終わり就職活動も本番を迎え、いろいろ面接を受けましたが、自分の考えの甘さをつくづくと実感しました。
自分はサラリーマンは絶対できない、自分の性格上、理不尽なことに我慢できないことにきづいてしまったのです。
これではまともな社会人としてやっていけません。
いろいろ考えた挙句、まずは自分でやりがいのあると思える仕事に就くこと、どんな仕事がいいか考えると、医師ダメなら医療関係という仕事に思いが行きつきました。
ダメなら看護師になるぐらいの学力は十分あるという自信は持っていたので、その時点で就職活動はやめて、医学部の再受験という難関に立ち向かうことにしました。

医学部対策の予備校に通って東京の大学を受験しました

小さい頃にテレビで見たお医者さんがテーマのドキュメンタリーがきっかけになって、高校生の時に医者になりたいと考えるようになりました。
数学や物理が得意だったこともあり、高校生の時に受けた全国模試ではA判定を受けることができました。
A判定というのは、合格する確率がかなり高いことを意味しているので、親や担任教師からも、このまま成績を落とさずに維持したら大丈夫だろうと言われていました。
しかし高校3年生の秋くらいになると、今までと同じように勉強をしていても、少しずつ全国模試の順位が下がっていることに気付きました。
試験が近づくにつれて、他の学生もさらに猛特訓しているのだろうことは予想できましたが、後ろから追われているように感じて、落ち着かない気分になりました。
今度、全国模試を受けたときにさらに順位が下がっていたらどうしようと考えるようになりと、テストの前に緊張してしまい、時間配分がうまくいかなかったり、勉強しているときは簡単に解ける問題が解けなくなるということが起こるようになりました。
それでも第一志望にしている大学はB判定が出ていたので、何とかなるだろうと受験をすることにしました。
滑り止めの大学は私立大学でしたが、2つの大学に合格することができました。
本命の大学は国立大学だったので、試験日は私立大学よりは遅かったのですが、滑り止めの大学に合格したことで少し気持ちに余裕ができるようになりました。
そして臨んだ本命の大学受験でしたが、自分ではある程度の手ごたえは感じていたものの、結果的に不合格になってしまいました。
親からは国立大学は諦めて、私立大学に行くことにしたらどうかと進めてくれましたが、私立の医学部はかなり学費が高いので、親に経済的な負担をかけてしまうことになります。
それにやはり本命にしていた国立大学では、学びたい教授がいることもあり、1年間の浪人生活を行うことにしました。
浪人生活は自分を戒めるような生活をしなければ、すぐにさぼりがちになってしまうということを聞いたことがあったので、東京にある医学部を受験する学生のためのコースがある予備校に通うことにしました。
その予備校では、高校と同じように朝から夕方まで講義があるので、メリハリのついた生活ができると感じました。
予備校では受験に合格する目的で通うので、友達などはできないだろうと諦めていましたが、医学部専門コースに通っている学生は数が限られていたので、自然と会話を交わして仲良くなることができました。
自分のように浪人1年目の学生もいれば、最長で4年目の浪人生活に入ったという学生もいて、今まで接することがなかった人たちと親しむことができるようになりました。
同じ医学部を目指すものとして、情報交換をしたり、医者を目指すきっかけなどを話すことができるようになったので、浪人しているからといって孤独だと感じることはありませんでした。
偏差値が高い学生が多いのですが、それぞれの科目によって得意と不得意があるので、自習時間に教え合ったりすることもできました。
1年間、今までにないほど充実した時間を過ごしましたし、勉強も頑張りました。
予備校に通い始めたときは、全国模試ではB判定になっていましたが、夏が過ぎてから受験直前までは常にA判定を保ち続けることができたので、受験をする時も気持ちに余裕を持つことが出来ました。
気持ちに余裕があると、試験を前にしても緊張することがありませんでしたし、合格することを確信することもできました。
浪人生活を始めたときは、高校の同級生がとても充実しているように感じて劣等感や嫉妬心を抱いたこともありましたが、予備校に通う時間は自分には必要な時間だったと確信しています。